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ブラチスラバの風
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07年05月から滞在したスロバキア・ブラチスラバでしたが、09年07月をもって日本に帰国することになりました。このブログを読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。2年3ヶ月あまりの滞在でしたが、その間のブラチスラバのありのままの姿をブログに閉じ込めることが出来ました。いつか再開できることを夢見て、しばらくお休みに入ります。。。
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ブラチスラバ城(Bratislava Hrad)は工事中

2009/07/13 03:37
画像もう半年以上も工事中でしょうか?今は荒れてしまっているお城の裏庭を再現するようです。今はお城の中に入ることは出来ません。
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スピシュ城(Spissky Hrad)

2009/05/11 00:14
画像東方のコシツェ(Kosice)に遊びに行ってきました。ブラチスラバ(Bratislava)から車で6時間以上かかります。コシツェは今はスロバキア第2の都市ですが、15世紀にはハンガリー第3の都市だったとか。近くにモンゴルの襲来に備えて13世紀に立てられ今は廃城となったスピシュ城(Spissky Hrad)があります。360度見渡せる丘の上に君臨し、壮大な景色が見渡せました。
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大統領官邸(Prezidentsky Palac)

2009/05/04 03:33
画像旧市街からミハエル門(Michalska brana)を通って外へ出ると、視界が開けて威風堂々とした大統領官邸(Prezidentsky Palac)が見えます。新しそうですから、大統領の為に新たに建てられたのでしょうか。
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フラヴネー広場(Hlavne nam.)の屋台

2009/04/13 08:15
画像今日はEaster Sunday。フラヴネー広場(Hlavne nam.)に屋台が出ています。でも、観光客目当てのおみやげ物屋さんが多いかな。今年のEasterは毎日好天に恵まれました。
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冬の旧市庁舎(Stara radnica)

2009/02/16 00:49
画像雪の映った写真をブログに載せたかったのですが、去年はとうとう寒さにかまけて出不精になり一枚もUp出来ませんでした。今年もこれが最初で最後かも?屋根の上に積もった雪ごらんになれますか?
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ユーロ

2009/01/19 07:20
画像09年1月1日よりスロバキアにもユーロが導入されました。硬貨の表はみんな同じでも裏は国ごとに違うの知っていましたか?スロバキアは国旗にもある、十字に横一本のマーク(カタカナの”キ”ですね)です。導入に当たっては特に混乱も無く、残った旧通貨スロバキア・コロナ(SKK)を銀行で両替するのがめんどくさいだけでした。ピンボケ写真ですみません。
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武器博物館

2008/11/24 06:10
画像ミハエル門(Michalska brana)の塔の部分は武器博物館(mestske muzeum Expozicia zbrani a mestskeho opevnenia)になっており、中世の武器や武具が展示されています。正直展示そのものはたいしたこと無いのですが、上から旧市街を一望する眺めはなかなかです。それにしても見える屋根の古いこと。これではあちこちで雨漏りですね。。。
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これはなんだ?

2008/10/27 02:23
画像旧市街の片隅にあるバーの前に、等身大以上のおどろおどろしい木工彫刻が2体おかれています。多くの観光客がここで足を止めて写真を撮っています。いったいこの彫刻は何で何のために置いたのでしょうか?
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ひまわり畑 2

2008/09/01 05:28
画像もっと広大さを感じることが出来る写真が撮れました。もう少し早い時期だと黄色が綺麗だったのですが、少し遅かったですね。
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ひまわり畑

2008/08/24 22:01
画像菜の花の黄色い絨毯が終わると、今度は同じ黄色でもひまわりの黄色い絨毯が広がります。食用油を採るために栽培されているとか。ちょっと写真を撮る時期が遅れてしまって、茶色い(?)絨毯になってしまいました。
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黄の絨毯

2008/06/02 01:34
画像緑の絨毯に黄色い花が咲きました。菜の花でしょうか?一面の黄色い花に囲まれると天国にいるようです(笑)。
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緑の絨毯

2008/05/08 18:41
画像長くて厳しい冬が終わり、ブラチスラバにも春がやってきました。冬がつらかった分春の喜びもひとしおです。緑一面の絨毯が広がり、ブラチスラバは一年で一番美しい季節を迎えました。絶対に日本では味わえないようなすばらしい風景です!
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ノヴィ橋(Novy most)と展望台(UFO Watch Taste Groove)

2008/03/22 18:49
画像ドナウ川(Dunaj)にかかっているノヴィ橋(Novy most)の袂に展望台があります。英語で「UFO Watch Tasete Groove」とあります。名前の由来はUFOを見る為だからなのか、展望台自身がUFOの形に似ているからなのか良くわかりません。もうひとつのなぞは、この展望台にどうやって上るのか?
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デヴィン城(Devinsky hrad)

2008/02/25 06:25
画像急に暖かくなったので、前から一度見たかったデヴィン城(Devinsky hrad)を見に行ってきました。ブラチスラバから西へ10km、モラヴァ川とドナウ川が合流する地点の丘の上にあります。6世紀の教会の跡をはじめ、いろいろな年代の建物が残っていますが、1809年ナポレオン率いるフランス軍に攻め落とされ今は廃墟です。写真はデヴィン城越しにドナウ川の東側下流を眺めています。遠くにブラチスラバの町並みが写っているのが見えますか?ここからは遠くオーストリアの風車も見え、巨大な世界地図のようで、遠い昔城主もここから四方を眺めていろいろ思いをめぐらせていたのでしょうね。
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時刻(とき)の番人

2008/01/13 20:45
画像フラヴネー広場の奥まったところにある古い建物の2階から、誰かが大きな懐中時計をぶら下げて広場の通行人を見下ろしています。私は時刻(とき)の番人と名づけました。もちろん人は人形ですし、残念ながら懐中時計はその時の刻みを止めてしまっています。誰が何の目的でこのようなものを作ったのでしょうか?想像するだけでも楽しいですね。
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戴冠式後の行進の御印

2007/12/02 23:39
画像聖マルティン教会で王または女王が戴冠式を行った後に市内を行進するのですが、行進が行われた場所には転々と写真の御印が石畳の道に埋められています。ピントがぼけていてごめんなさい。直径10センチくらいでしょうか。
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ミハエル門下の方位板

2007/10/26 04:03
画像

ミハエル門の真下に方位板があります。ここから世界の各都市までの方向と距離が示してあります。ちなみにTokyoもあって9,140kmです。やっぱり遠いですね。写真の左下にあるのが見えますか?
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聖マルティン教会(Dom sv. Martina)

2007/08/25 23:34
画像1536年、当時のハンガリー帝国の首都ブタがトルコ帝国の手に落ちた際には、ブラチスラバにハンガリーの首都が移されました。その後1563年から1830年までは、この聖マルティン教会でハンガリー王の戴冠式が行われました。ここで即位したハンガリー王は11人、女王は7人で、その中にはマリア・テレジアも含まれています。由緒正しいですね。
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スロバキア国立劇場(Slovenske narodne divadlo)

2007/08/25 23:26
画像旧市街の一角にそびえるスロバキア国立劇場。隣国オーストリアの国立劇場と比べると少し見劣りしてしまいますが、それでもなかなかのものです。
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ラウリンスカ門(Laurinska Brana)跡

2007/07/09 00:43
画像北東の方向から旧市街に入るときに通るラウリンスカ(Laurinska)通りに、地面に埋めてある碑を見つけました。たぶんラウリンスカ門(Laurinska brana)跡と書いてあるのだと思います。旧市街は城壁で囲まれていたのでしょうが、今では門はミハエル門(Michalska brana)しか残っていません。いったいどんな門だったのでしょうかね?
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